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大阪地方裁判所 昭和30年(行)32号 判決

原告 斎藤栄

被告 大阪市長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が、昭和二十七年五月二日付原告に対する移転命令書に基き、同二十九年七月八日原告に対し、大阪市浪速区日東地区二ブロツク(大阪市浪速区日本橋筋三丁目三十八番地の一)宅地二十五坪並に同地上にある木造柿板葺平家建附帯工作物全部、倉庫九坪三合六勺につきなした代執行の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原因として、「一、原告は、請求趣旨記載の地上に、本造柿板葺平家建附帯工作物全部、倉庫九坪三合六勺(以下、本件物件と称する。)を所有していたが、被告は原告に対し、昭和二十七年五月二日付移転命令により、同年八月一日までに右物件の換地予定地への移転を命じ、同二十九年一月二十一日、行政代執行法第三条による。戒告書(到達の日より十四日間に右物件を撤去すべく、不履行のときは、市長又は第三者をして代執行すべき旨)を送付し来り、次いで同年四月二十八日代執行令書(市長において代執行することの通告)を送付し、同年七月八日別紙第一図面イ、ロ、ハ、ニ、を結ぶ線内の土地上にある本件物件につき代執行を行いこれを撤去した。被告が以上の行政処分を為すに至つたのは、大阪市浪速区日本橋筋三丁目、日本橋小学校の南側一帯を、被告が特別都市計画として緑地地帯を設置する計画を立て、右予定地域内に含まれる訴外株式会社松坂屋(以下、松坂屋と称する)の所有地約六百七十三坪の換地をする必要が生じ、その換地として本件物件の敷地を含む西側一帯の土地四百十一坪及び側面土地約百九坪を土地区整理施行地域内に編入したに由るものである。二、(1)然るところ、右松坂屋の使用土地及びその附近土地に対する換地処分は、図面上の減少率が極めて僅少であり、現地上即ち実質上の減地は全く生じないのに反し、本件物件の敷地(原告所有地)及びその附近の中小業者の土地に対する換地処分は、その範囲が過大である上に減地を生ずる換地処分であつて著しく公平に反するものであるが、かような事態が生ずるに至つた所以は、換地前の現地並に換地確定後の状況が明瞭で合理的且つ公平に定められていた被告作成の確定設計図「浪速区日東町附近現地及確定図」中の松坂屋所有の車庫をその後右松坂屋との何等かの交渉の結果、これを無疵のまま他の地域に移転すべく計画変更し、被告係官において、右図面の換地処分を所要の土地区劃整理委員会の意見をも聞かず、恣に拡大変更したもので適正を欠くものであるから違法(故に、前記移転命令に対して昭和二七年八月一日行政訴訟提起)であり、かような恣意的になされた計画に基いてなされた代執行は行政行為の外観を呈しているが、その実質は行政行為に藉口する不法行為であつて、当然無効である。(2)又、行政代執行は、義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつて、その履行を確保することが困難であり、且つ、その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められる場合に、なされるべきものであるところ、原告は当時被告に対し、前記移転命令の不当を難詰したところ、被告は原告に対し、直接右示談をして解決すべきことを勧告し、暗に本件換地処分の失当を容認すると共に、右換地が公益に関するよりもむしろ利害関係人相互の利益問題に過ぎないことを是認し、示談解決を期待していたものであるに拘らず、突如何らの通知もなく原告が松坂屋との示談交渉中、本件代執行をなしたもので、右執行処分は、処分の要件である著しく公益に反すると認められる場合に該当するという条件を欠くもので、職権乱用の違法行為に外ならないから無効である。(3)本件代執行は、これに先行して発せられた前記戒告書の日付として、さきに移転命令に定められた日付よりも遡つた撤去日を記載した違法のものであり、これにより原告を混乱させまた代執行令書所定の執行日を変更しながら、その変更された執行日の通知をせず突然、抜打的に行つたもので、法の定める手続に反したものであるから無効である。

よつて、ここに右代行処分の無効確認を求める。」とのべた。

(証拠省略)

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として「原告主張の事実中、被告が原告に対し、原告主張の物件の敷地につき、原告主張日付の移転命令、戒告書を、昭和二十九年四月二十七日付代執行令書をそれぞれ発し、同年七月八日本件物件につき代執行をしたこと、別訴において、原告が被告を相手方として移転命令の取消を請求していることは認める。

元来原告に対する換地処分は、大阪特別都市計画事実の一環として、その土地区画整理施行地区に編入された大阪市浪速区において同区日本橋筋三丁目三八番地の一の原告所有地九十九坪六合六勺に対し、換地予定地として八十一坪を指定し、昭和二十四年十二月二十六日付通知を発し、又松坂屋の換地予定地として使用開始せしめるため、原告主張の物件敷地(原告の換地予定地外となつたもの)につき、その地上物件の移転方を交渉したが、承諾を得られなかつたので、特別都市計画法第十五条の規定に基き前記の移転命令を発し、これに応じないため、昭和二十七年九月四日付戒告(代執行をなすべき旨の)を発し、これを履行しないので、別の分の不履行と共に前記戒告書(昭和二十九年一月二十一日付)を発し、原告がこれに応ずる気配がないので、さらに前記の代執行令書(同年四月三十日代執行をすべき通告)を発した。しかし、都合により執行期日を同年五月六日に変更し、その旨を通知し、右期日に執行を開始したが、天候、原告の妨害行為、第三者の仲裁等により執行に延期することとし、その後原告の態度、仲裁者の脱退等の事情により本件代執行に及んだものである。二、(1)原告の主張する本件代執行の無効原因は総て否認する。即ち原告の換地予定地の指定は、公共の必要による綜合的計画の一環としてなされたもので、固より原告主張の松坂屋の利益を図るためになされたものではない。また右松坂屋の換地の減歩率は一割七分一厘であり、浪速区東部の平均減歩率一割六分を超えているから、減地が生じないとする原告主張は失当であり、又原告土地の減歩率は一割八分五厘であるが、決して過少ではなく、また前後の地価を比較し、補償金を以て斟酌され得るところのもので、公平を失する点はない。原告主張の「浪速区日東町附近現形及び確定図」は特別都市計画事業施行前の状態と施行完成後の予定線を表示したもので、原告がその変更の結果として主張する地形図は「浪速区日東附近仮換地指定図」であり、当該地域内にある土地所有者の従前の土地と換地予定指定との関係を示すもので、両図面の表示するところは元来全く異質のもので一方の変更図面ではない。共に恣意に基いて作成されたものではない。又原告主張の戒告書中に日付の誤記があつたことは認めるが、元来右の記載日付はさきの移転命令書中の発令日付と撤去期限を再録したものであるから、右移転命令書記載内容に誤記がない以上、正当な撤去期限を知るに支障はなく、到達日から十四日以内の撤去の指示を記載しているから、行政代執行法第三条所定の戒告の内容即ち、「相当の履行期限を定め、その期限までに履行がなされないときは代執行をなすべき」旨の記載要件を、充足しているので戒告書に重大な瑕疵があつたことにはならない。要するに、本件代執行は正当な処分であり、しかもその執行は完了しているから、かかる行為の無効、確認を求める利益はない。と述べた。

(証拠省略)

理由

本訴請求原因の要旨は、被告が昭和二十九年七月八日、原告の主張する建物工作物(本件物件)に対する代執行としてこれを撤去した行為が違法であるとして、その無効なることの確認を求めるというにあつて、右執行処分がすでに完了したものであることは、弁論の全趣旨により明らかなところである。

当裁判所は、左記の理由により、本件の如きすでにその執行の完了した行政代執行処分に対し、その処分を受けた者より、これを執行した行政庁に対し、その無効確認を求めることは確認の利益を欠き、許されないものと考える。即ち、先ず代執行処分はその先行する各種の行為例えば本件に於て見られる如き移転命令、戒告処分、代執行命令のような行為とは異なり、それ自体一種の事実行為(本件に於ては建物、工作物の撤去行為)であるから、かような事実行為の効力を争うこと自体、特にその当然無効を主張するが如きことが果して許され得るか否かの点に、大なる疑問が存するのであるが、この点はしばらく措くとしても、一般に行政処分の無効確認が許されるとする所以は、法律上無効なる故に、その処分が何等の効果をも生ぜず、従つて法律的には存在しなかつたも同様であるが、外形上は行政処分として存在し、しかもそれは処分の性質上有効な効力を持続していると見られる可能性のあるものに対しては、裁判によりその効力の否定を宣言する必要が認められるが故であるから、処分の性質上、かかる効力を持続すると見られる余地のないもの即ち処分後においてその処分の存否(外形的又は法律的に)が疑問視される余地のないものについては、その処分自体の当然無効の宣言を求めることは、確認の利益を持たないということができる。そしてかような処分の当然無効は、処分後に生じた新らしい権利関係(これのみが真に現存する法律関係であるから)の存否(例えば損害賠償請求権の成否)としてその救済、判断を求むべきものであるといえる。本件において原告の主張するその執行の完了した代執行処分の如きは、現在すでにその処分の存否が疑われる余地のないものに属するから、それ自体の当然無効の判断のみを当該処分庁との関係において求めることは許されないものといわねばならない。

以上の考え方は、かような処分に対してもその存在、有効を前提とし、その瑕疵を理由として特に出訴上の要件を付した取消訴訟を認めた(行政代執行法第七条)という特例によつて左右されるものではなく、取消を許すが故に無効確認も許さるべきであるという考え方は、一般に成り立ち得ない。

よつて、原告の本訴請求は、その主張自体において、その訴の利益を欠くものとして、その棄却を免れないから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 宮川種一郎 松本保三 梅垣栄蔵)

(別紙省略)

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